2012-2013年度 卒業発表会内容紹介

英語圏と日本語圏における賤民身分研究史の比較

Michael Abele (University of Illinois)

この発表は英語圏における部落問題研究と日本語圏の研究の比較を焦点としている。1950年以降の英語圏における日本史研究では、近世の賤民身分、および近現代の部落問題が扱われるが、そこでは「アウトカースト」(outcaste)という用語が賤民身分と被差別部落民示すキーワードとして使われている。しかし、日本語圏の賤民・部落問題に関する研究には「アウトカースト」という言葉はほとんど現れない。この発表では、まず賤民身分・部落問題に関わる英語の研究史に触れ、それから英語の研究と日本語圏における研究を比較することで、「アウトカースト」という用語の妥当性を論じる。

終わらない平成不況 -失われた20年から脱出できるか-

(発表者の希望により、このページへの詳細の掲載は控えさせていただきます)

尖閣諸島問題と海洋法

Elisha Atkinson (Vanderbilt University)

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日本製エレキギターの黄金時代

Patrick Barrett (University of Minnesota)

大きく変容した戦後の日本文化の中でも、今もなお永続的に影響力があるのは、ポピュラー音楽、いわば歌謡曲だと考えられています。なかでも60年代の「エレキ・ブーム」と呼ばれる期間は注目され、音楽好きにとってまさに黄金時代でした。もっとも、その時代は、高度経済成長の中で、幾つかのギターメーカーが設立されたり倒産したりしたという特徴があります。ところが、今でも代表的なメーカーとして一般的に認識されているのは生き残れなかった会社ばかりなのです。しかし、この会社の歴史が包括的に記されていないので、当時に活躍していた人々が次第に亡くなるにつれて、この歴史の記憶も一切失われる危険性があります。この貴重な時代自体も忘れ去られてしまいかねません。この発表では、この歴史を概観しそれを保存するためのプロジェクトについてお話します。

現代の「エコ住宅」言説における日本文化論の再現

Anders Blok (Copenhagen University)

環境問題の意識が高まるとともに、「エコ住宅」という概念が日本社会、ことに政治政策、建築、住宅市場などの分野でも注目を集めている。しかし、この概念には、多様な実践が含まれている。発表では、京都市で行われている「平成の京町家」という実例を挙げながら現代のエコ住宅言説を分析し、同言説における「日本文化論」の再現について言及する。エコ住宅は「住宅文化」を再発見する可能性として、科学・技術だけでなく、現代日本での生活・都市・自然の「理想的な」関係や未来への希望を示唆するものである、という解釈を提案する。

尾形光琳と三越デパート -デザインとしてよみがえる琳派-

Mycah Brazelton-Braxton (Stanford University)

明治時代末、織物、美術、工芸などにおいて尾形光琳風のデザインブームが起こった。この発表では、美術的に事業展開を実施した三越デパートに焦点をあて、尾形光琳が描いた模様がどのように有名なデザインになったかを説明する。まずは光琳の絵画自体を分析し、酒井抱一や図案家たちによってよみがえった琳派の模様を紹介する。これらの模様は、現代のデザインとどう違うのだろうか。琳派の国際的な関係、特にアールヌーボーによって与えられた影響にも言及しながら、日本における琳派の抽象化を紹介する。

近松門左衛門の『心中二枚絵草紙』における幻

Jyana Browne (University of Washington)

1706年に近松門左衛門によって書かれた『心中二枚絵草紙』という人形浄瑠璃の芝居の道行は、ほかの心中物の道行とは異なっている。道行、つまり死への旅路の際に、恋人同士が別の場所でそれぞれ死ぬ用意をするのである。死が近づくにつれて魂が身体から離れ、互いに幻が浮かぶところが、この作品の見どころである。本発表では近松がどのようにその変化を描写しているかを分析する。その魂が身体を離れるという変化を人形浄瑠璃という演劇形態でどう表現するか注目したい。

デジタル化の代償 -電子書籍を例として-

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グッド・デザイン賞の誕生と発展 -「ものまね」から「ものづくり」へ-

William Chou (Ohio State University)

戦後復興期、日本製の多くは「コピー製品」とか「知的財産権を侵害している」と非難された。しかも、日本製品は市場性が低かった。そこで、通商産業省はデザインの重要性を高める政策をとることにし、1957年に「グッドデザイン賞」が誕生した。今日の発表では、戦後日本経済の歩み、グッドデザイン賞選定制度の設立、受賞部門や選考基準に関する84年の改革について話し、今後の研究課題を示すこととする。

湯殿山の即身佛

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ロボット倫理の来し方行く末

Samuel Elchert (Columbia University)

SF映画の影響でロボットに関する不安を抱く人も少なくないと考えられる。だがその一方で、優れた技術によるロボットの発展を期待する人もいる。しかし、ロボットは実際には危ぶむべき物、あるいは待ち望むべき物というよりもむしろ検討すべき物である。本発表では、ロボットの現状からロボットの行く末、そしてロボットの開発者が直面する困難に向き合う。ロボット倫理とは何か、あるいはロボットとは何かということ自体を通じて、技術者及び消費者にとってのロボット倫理の重要性について考察する。

日本における巧みなブランディング

Max Friedman (Dartmouth College)

グローバル化の影響で、国境を越える戦略がマーケティングとブランディングにとって非常に重要な柱になっている。しかしながら、ローカルの違いや文化を考慮に入れなければ、成功しない。本発表では日本でビジネス場面の特徴と顧客の期待・希望に自分のブランド力を利用し適応した会社を2つ取り上げ、どのように日本国内外の市場が異なるか及びどのように似ているかを分析する。その視点から、国際ブランディングまたは会社内の標準化の効果を最大に活かす方法とは何かを検討する。

デジタルマンガと漫画出版業界の将来展望

Yaritza Hernandez (University of Pennsylvania)

日本のマンガは世界中で人気があることに疑いはない。しかし、インターネット上のスキャンレーションの圧倒的な増加によって海外におけるマンガの売上高がここ数年間で減少したのも事実である。この著作権侵害の問題に対処する解決方法が大きな話題となった。デジタルコンテンツ産業の急成長の影響でデジタル化したマンガ、いわゆる「デジタルマンガ」が登場した。それにもかかわらず、デジタル革命に対するマンガ出版社の反応が遅いように見える。一貫したデジタル戦略がない限り、マンガ市場における売上げは低下し続けると言えるであろう。マンガの衰退を避けるためにデジタルマンガによりいっそう進出する必要がある。

地球外生命体を探索する

Lee Heward (Ohio State University)

人間は夜空を見ると「この宇宙に人間は一人ぼっちなのか」と聞かずにはいられないだろう。いわゆる「火星の運河」が発見された19世紀末以来、地球外生命体の探査は続いている。1976年、バイキング1号は火星への着陸に成功した。1992年には太陽系外惑星が発見された。最近ではホイヘンス・プローブが土星の衛星タイタンに着陸し、液体化したメタンの海と川がある驚異的な景色を撮影している。木星の衛星エウロパの氷地殻の下にも最大で深さ100kmもの水の海洋が隠されていると考えられている。今までの地球外生命探査の成果とこれからの計画を紹介したい。

日本の国連平和維持活動 -原則と現実-

Ashley Hill (Colgate University)

自衛隊の在り方について長く議論が続いている日本で1992年に国連が行う平和維持活動への参加を可能とした国際平和協力法という法律が制定されました。自衛隊の武装について反対運動が起こった日本でなぜこのような法律ができたのか、また、この法律と、その成果はどのように評価されているのか、ということを発表で取りあげます。国際平和協力法は、日本が国際的貢献や安全保障について考える大きな転機となりました。日本の国際的な在り方に関わるこの平和維持活動の問題について、これからも注目すべきなのではないかと考えます。

影の国のアリス

Amanda Kennell (University of Southern California)

ルイス・キャロルが書いた「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」は、長年にわたって日本で数々の改作が作られてきた。ここで「改作」というのは、単なる翻訳ではなく(もちろんそれも多数存在するが)、「アリス」の象徴やキャラクターなどを通じて新たな話を語ったものに注目したいからである。このような改作を検討すると、微妙な傾向が表れてくる。アリスの形をした影が散りばめられ、それにアリスという名前も使われているが、どう見てもアリスと言うキャラクターの根本的な人格が具体化されていない。影や言葉の形しか存在しないのである。様々の例を通じ、現代日本文化においてアリスという概念は「未知」を示す機能を担っていると論じたい。

日本語における漢語の歴史的音韻論

Federico Manglavite (University of Milan)

漢字の読み方は訓読みと音読みという分類だけでなく、音読みから分岐する読み方の下位範疇もある。それが呉音、漢音、唐音という範疇だ。この範疇は意味の多様性を示さず、複数の音声形状を分類化する。つまり、記号内容が依然として変わらなくても、形態素が中世中国語のどの方言から、どの時代に受容されたかによって、記号表現が異なるということだ。

この発表では、呉音と漢音との間の音声形状変遷を分析し、音読みの複数性を説明する。さらに、再建された中世中国語と中世日本語の理論を統合し、与え手側の言語の音素体系と受け手側の言語の音素体系との関係を分析する。

視覚による漢字学習 -形声文字学習の新たな可能性-

Henry McCurdy (Columbia University)

日本語を駆使するため、日本人、外国人を問わず、漢字を習得しなければならない。漢字の構成には複雑な過程があるにもかかわらず、ほとんどの第二言語学習者は非体系的に漢字を教わる。現代の日本語教科書はよく文脈の中で漢字を紹介するが、文脈はそもそも漢字の読み方や字体という根本要素に及ばないため、別の方法との組み合わせがより望ましいと思われる。

この発表では、常用漢字の圧倒的な率を占める形声文字を中心とし、一種の視覚分析方法をまとめる。ひつの音読みに相当する「音符」をまず意識すると、多数の漢字の手がかりとなり、漢字をより早くかつ多量に吸収することができる。その結果、漢字をネットワークとして視覚化することで、漢字全体が覚えやすくなると考えられる。

王権を示す「物」

Gabriel McNeill (Columbia University)

奈良時代以前の歴史を探究するためには、『古事記』『日本書紀』以外に、古代中国王朝の正史における日本関係記事、3世紀の所謂『魏志倭人伝』、4世紀の『後漢書倭伝』、5世紀の『宋書倭国伝』等を参照しなければならない。これらの歴史書の中で注目すべきものの一つは、王権を示す「物」、例えば武器、鏡、珠、織物等である。このようなイデオロギー的役割を果たす「物」は、中国王朝と倭国との冊封体制において、早い段階から欠くことのできない要素であったが、その政治的意義は時代を経て変化し、神話・歴史的叙述の解釈を通して奈良時代以降の天皇制の性格に様々な影響を与えたのである。この発表では、これらの「物」の歴史的意義と「天皇」を創造する役割についてお話ししたい。

人間とロボットの感情関係

Maureen Murphy (Stanford University)

私の最後の発表のテーマは人間とロボットの感情的な関係についてで、特に分析したかったのは人間がロボットに対して愛情を抱けるかどうかという疑問である。私の元々の研究は文学であったが、結局文学に疲れてきてしまい、もっと現実的な話題について話したかった。表面上、ロボットに対する愛情はまるでSFの世界に属するものに見えるかもしれないが、実は私達が住んでいる世界はこれから徐々にテクノロジーとの結びつきが強くなっていくため、一方では人間同士の関係がコンピュータ画面上やインターネット上で近づくであろうが、他方では人間の直接関係が弱くなると予想される。したがって、人間がロボットやソフトなどに対して愛情という感情を感じることはこれから珍しくなくなるであろう。そう考えて、この話題を選ぶことにした。

現代社会におけるマスメディアの影響

Skylar Nwanonyiri (Rutgers University)

メディアのない世界を想像することができますか? 従来のラジオ、テレビ、新聞などに加え、インターネットを利用したいわゆるソーシャルメディアが加わり、現在の私たちの周りにはメディアが手に負えないほど溢れ、メディアなしの生活は考えられないものになっています。例えば、朝起きた瞬間、私はまず携帯をつけてメールを確認してからニュースサイトで世界の出来事を調べます。それから、FacebookやInstagramやLINEなどをチェックしたり、Skypeでアメリカにいる家族と話したりします。宿題をするときもウェブサイトで言葉の意味や日本のことについて調べます。このように私たちの日常生活はマスメディアに完全に依存しているのです。本発表では、マスメディアが与える影響についての考察を述べたいと思います。

SFマガジンの「スペース」 -SFサブカルチャーの発生-

Kathryn Page Lippsmeyer (University of Southern California)

本研究は日本におけるSFサブカルチャーの起源と発展を検討するものであるが、今日は特に日本のSFの歴史とともに1960年代の社会的な環境について述べたい。まず、長山靖生の研究に従って江戸時代から日本SFの歴史を略述する。次に、SFの歴史と、SFマガジンという日本初の、現在も刊行中のSF雑誌の表紙を通じて60年代から新たなサブカルチャーが開花したことを議論する。「身体」にこだわっていた戦後日本の大衆世界において、SFマガジンの表紙は10年間にわたり、表紙に人の姿を描かなかった。これは、姉妹誌の米国The Magazine of Fantasy and Science Fiction誌とも異なる戦略である。しかし、この「身体の不足」によってこそ、SF作家とSFファンのための「スペース」が発生しているのである。

音楽業界とデジタル時代の著作権

Ana Puente Aguilera (University of Texas, Austin)

ユーチューブやニコニコ動画などのようなサイトが近年普及するにつれ、著作権を侵害する不正コピーや不法ストリーミングの問題がとみに深刻化してきた。一方で、著作権の枠組み自体に疑問を投げかける動きも生まれている。「初音ミク」などのいわゆるボーカロイドというソフトウェアを使って作られたビデオの多くは複数の作者が共同で制作しており、彼らは特定の制作会社等に所属していない。そのため、一本の作品ビデオであっても著作者が決定しがたいのだ。著作権の概念自体が変化するとともに、著作権に関わる法律が改正されつつあるが、既存のアーティストの権利を守ると同時に新たな人材を支援することも一層必要となっているに違いない。

現代日本美術とジャンル定義の欠点

A.Colin Raymond (University of Illinois)

近代や現代美術史といえば、ジャンルや様式が明確に定義されることが際立つようになってきたと言える。この定義の区別によって美術の発展が論理的に見える可能性が生まれた。しかし、実際には美術を理解するためにそのようなはっきり定義していることは役に立たないかもしれない。特に、最近作られたネオポップという日本美術の「運動」はアメリカで人気が高まっているにもかからわず、このジャンルの限りは様々な様式で描いている日本人の美術家に害を与えると思う。

不都合な事実 -北朝鮮の現代の強制収容所-

Jean Ren (Cornell University)

北朝鮮の法律では、政治犯に裁判を行わず、あるいは形式的な裁判を行なった後、強制収容所に監禁するという終身刑を定めている。政治犯だけではなく、親戚や関係者も3代先まで強制労働をさせられる。現在でも全国で15万から20万人が収容されていると推定されている。

北朝鮮は収容所の存在を認めていない。北朝鮮との外交交渉の中で収容所や人権侵害を議題にあげると、交渉が中断するという状況である。

本発表では、収容所で生まれ2005年に中国に脱北した申東赫(シン・ドンヒョク)の例を挙げ、現代の文明社会の中で、このような残酷な行為が行なわれていることに対し、我々は見て見ぬふりをしてはいけないと主張する。

3.11 -国家と思想-

Kevin Richardson (University of California, Los Angeles)

2011年3月11日に日本は大地震と津波に遭い、原発事故も発生した。その後「3・11」「東日本大震災」「放射性物質」「被曝」など、大震災に関する様々な「言葉」をどこでも耳にするようになった。そしてこれらの「言葉」をめぐり、「日本人」「国家」「日本の社会」などについて反省する傾向も強まった。大震災後、この国の現状を考え直す声が大きくなり「思想の言葉」となっている。この発表では、3・11以降の「思想」つまり大震災に関する議論や批判などの具体例を取り上げ、3・11自体と、日本の社会・国民・国家などがどのように語られているか、について検討する。

境界の王国への旅 -メイドカフェの調査-

Kimberlee Sanders (Williams College)

秋葉原にあるメイドカフェは境界にある国だといえよう。そこではメイドと客との間にどのような関係性が生まれるのだろうか。一般には、メイドカフェでは女の子がかわいい振る舞いをすることで、男性客を喜ばせるところだというイメージが強い。これは、男性が上位に位置づけられ、メイドを支配していることで楽しんでいるという考え方に基づいている。しかし、私は、実体験により、メイドカフェがどのような空間であるかを考察した。実は、一般の解釈と異なり、メイドカフェに入る、言いかえると、境界を越えて別世界に入ると、性別によって固定された力関係が逆転していることに気付いた。特別な規則によって守られた空間では、我々の社会の男女関係の根底を揺るがす可能性が発生する。

江戸のガラス

Harrison Schley (Columbia University)

日本のガラスはいつ、どこから伝来されたのか。そしてガラス製品は日本の大衆文化にどのような影響を与えただろうか。従来の研究をまとめると、日本ガラスの化学式は中国から伝来されたようだが、江戸時代のガラスを指す言葉「びいどろ」はポルトガル語から導入された。さらに吹きガラス製法の技術もポルトガルから導入されたそうだ。この歴史を参考にしながら、本発表では江戸時代のガラスを描写した版画の分析の研究をまとめ、ガラス製法がどう編み出され、どう普及されたかについて述べる。特に、ガラスの簪が大衆文化になった点に注目したい。

文学のカノン -「良い文学」とは何か-

Bernard Shee (Stanford University)

文学のいわゆる「カノン」とはどのようなものだろうか。基本的には、優れたものと評価された作品の集成であると定義されているが、一体誰が、どのように作品の価値を判断し、カノンがどういう風に形成されてきたかという問題が残る。また、「良い文学」という基準はいかなる方法で決めるのだろうか。極端に言うと、カノンとされた文学作品には本質的な価値があるのか、それともイデオロギーの道具に過ぎないのか。このような問いに関して、夏目漱石の『こころ』を例として検討してみる。

テレビドラマ「Mother」における母親像と捨て子の関係性

Ai-Lin Sui (University of Michigan)

日本の大衆文化の中で捨て子の話が多く見られます。親に捨てられた子供は社会で何を象徴しているのでしょうか。私はこの発表で2010年に放送されたテレビドラマ「Mother」を通して捨て子と母親像の関係について考えたいと思います。まず「Mother」の概要と登場人物を紹介し、これまで社会に固定されていた母親像とドラマの母親のイメージを比較し、捨て子の話は現在日本の社会や家族関係に対してどのようなメッセージを伝えているのかを考えたいと思います。

失せていく文化 -テレビゲーム保存の危機-

Daniel Sunstrum (University of Michigan)

科学技術の発展のかげで消えていく文化がある。それは何かというと、初代テレビゲームのことだ。絵画や本などと異なり、テレビゲームはその時代の技術への依存度が強いため、その技術が廃れるとゲームがプレイできなくなってしまうのだ。そうならないように、カートリッジやディスクを保管するだけではなく、ゲームのソースコードを改造しなければならない。しかし、その改造の技術面の複雑さはもちろんのこと、ソースコード自体の紛失や、記憶装置の劣化などといった様々な問題がゲーム保存の前に立ちはだかる。これ以上ゲームが失われないよう、今行動せねばならないのだ。

在日朝鮮・韓国人アイデンティティーと日本語-金石範の作品をめぐって-

Cindi Textor (University of Washington)

最近の在日朝鮮・韓国人作家にとって日本語で書くことはそれほど問題視されることではないと言えるだろうが、それに対して、1970年代初頭には、在日一世と二世の中に、苦悶とも言えるほど自分と日本語との関係について考え抜いた作家がいる。当時、在日の人々が自己のアイデンティティーを構築していく過程において、日本語がどのような影響を与えるかをめぐる議論があったのだが、作家金石範は特にこの議論に深くかかわっていた。本発表では、金石範のアイデンティティーと言語との結びつきに関する思考を中心としながら、その考え方が金の小説にどのように具体化されているかを検討していく。

斎藤茂吉の世界観 -日本とヨーロッパでの生活に関する随筆の分類-

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丸山眞男と政治運動 1957年-1963年

Samuel Timinsky (University of Washington)

アメリカの占領が始まりから日本人の知識人はどのような政治行動は構造しつつある民主主義の枠組みで一番有益や機能的なものについて考えていた。戦後日本の大学者、丸山真男は政治運動や行動について広範に執筆した。丸山氏は民主主義の支持していたが、三つの問題に先入観をもたせたそうです。とくに、歴史的にどうやて一般者は民主主義について考えていること、どのようなイデオロギーが政治運動のために基本に機能すること、何か内在的な危険は相伴うことです。この発表では丸山氏の1960年ころの国会の安保条約について強行採決前後の学生デモに対する反応の文脈で考えたいと思う。

日本におけるピル合法化とバイアグラ

Rebecca Tompkins (Harvard University)

経口避妊薬(ピル)は1960年アメリカで発明され、アメリカからヨーロッパ、発展途上国に至るまで、すぐ使用され始めた。ところが、経済の強い先進国であるにもかかわらず、日本は1999年までピルを合法化しなかった。それに対して、バイアグラという性的不能治療薬がたった6ヶ月の審議で承認された。バイアグラが承認された後、ピル問題が一般の人の注意を引き、公衆からの批判が増加すると、厚生省は素早く対応する必要があった。かくして、バイアグラが合法化された6カ月後、ピルも合法となったのである。

美術館学・美術史学と国家的アイデンティティー

Sarah Walsh (University of California, Los Angeles)

1950年代初頭、美術評論家瀧口修造は日本美術界に対して世界に向けた発信を促すよう呼びかけました。これに反して森美術館の「会田誠展:天才でごめんなさい」という展覧会において、論評は「日本性」を強調しました。特に会田と村上隆との対比において、国際美術界であまり認められていないことを彼の「オーセンティシティ」として指摘し、それを称賛する傾向が見られます。この「日本性」を重要視する傾向は、最近の日本の美術評論の一つの特徴です。本発表では、現代の「ナショナル•アイデンティティ」をめぐる言説を考察するため、「日本」という概念が押し込まれた昨今の美術史家の論評のいくつかの例を手短に検討します。

ゲームと人間関係

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「大きな物語」は死んだか

Matthew Young (McGill University)

「大きな物語」のモダン時代からポストモダン時代への変化に関して検討したい。近代においては、国民国家が誕生すると共に、国家の基盤となった大きな物語が徹底的に流布していたといわれる。一方、ポストモダンの時代では、大きな物語は破壊され続けた。東浩紀の「動物化するポストモダン」と宇野常寛の「リトルピープルの時代」という著作を通じて、この議論を日本の歴史的文脈の視点から考える。

シェークスピアから沙翁へ -坪内逍遙にみる西洋演劇観-

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つながりと違い -日中文学作品中の女性の幽霊-

Yiwen Zheng (Stanford University)

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宝塚歌劇団とジェンダー・ポリティクス

Emma Ziker (Stanford University)

100年近く存在し続けている日本で一番有名な女性だけの劇団、宝塚歌劇団。女性役も男性役も女優によって演じられ、アメリカでよく連想されるような男装ユーモアやキャンプ(ユーモアや皮肉)とは違う、純粋な「女性の聖域」を作る。この女性のみで構成されている聖域の中では、性によってつくられる関係性がどのような形になるだろうか。経営者と俳優、男役と娘役、女優と観客の関係も検討し、女性を抑圧する 要素も解放する要素も含む、宝塚の特殊なジェンダー・ポリティクスを考察する。

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アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター
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