2009-2010年度 卒業発表会内容紹介

版画による反抗

Katherine Brooks (University of London)

1797年に生まれた歌川国芳によって描かれた『源頼光公館土蜘蛛妖怪図』という版画について発表する。この版画は、天保の改革の際に江戸幕府が行った検閲の間に制作されたが、さらにこの社会的な状態が当版画には巧妙に反映されている。と同時に、国芳の想像力が鮮やかに表されている。本発表では、幕府に対して批判的なうわさが生成され、その結果、心配した版元によって残っている版画や材料が破壊された経緯、そしてこの版画が江戸の庶民にどのような影響を与えたかと言う順で話したい。

戦後日本の建築思想 ―黒川紀章「中銀カプセルタワービル」保存を巡って―

Alex Bueno (Harvard University)

この発表では、黒川紀章が設計した中銀カプセルタワービルを歴史的建造物として保存すべきであることを主張する。すなわち建築作品としての価値を理解いただく目的で、デザインに潜む思想を説明しようと思う。具体的にいうとそれは、建築界へ向けた提言であり、日本の「伝統的」建築、欧米への姿勢、都市空間の機能やそこにおける生活の解釈、未来の捉え方など様々な要素を含んだ説明になる。しかし議論が複雑になるのを避けるため、抽象的概念、特に建築家による矛盾した論理を具体化・簡約化し、出来る限り写真や間取り図などを活用しつつ、中銀カプセルタワー保存への理解と支持が得られるような発表を目指す。

太宰治の作品に見られる戦争観

Jamie Cox (University of Montana)

私は、「悲しい人生」を描くことで有名な太宰治の作品を、「戦争観」という視点から読み直しを試みた。太宰治が第二次世界大戦直後から死までの三年間に書いた3つの作品、『トカトントン』、『斜陽』、『冬の花火』には、日本社会における異なる立場の登場人物-上流階級、地方在住者、元兵士-が出てくる。これら登場人物の戦争観は、太宰のどのような立場を反映しているかを考察し、太宰の戦争観を研究する。

「オタク的要素の単位運用」―日本製RPGの批評方法を巡って―

Michael Craig (University of California, Berkeley)

日本製ロールプレーイングゲームといえば、物語。プレーヤーがキャラクターを通じてゲーム内の世界を探求したり、敵と戦ったり、問題を解決したりするのは他のジャンルと共通だが、同時に、RPGにおいては同じキャラクターの性格や心理的問題を描く物語も展開する。従って、RPGを効果的に読解できる批評手段はプレーヤー活動だけ、あるいは物語の内容だけを分析するのではなく、プレーヤーの行為とプレーヤーが支配できない物語の間における相互介入を考慮しなければならないであろう。本発表は、イアン・ボゴストによる「単位運用」というゲーム批評モデルと東浩紀によるオタク消費の「データベースモデル」を組み合わせながら、RPGに相応しい批評手段の構築を試みる。

中川信夫の「東海道四谷怪談」―怨霊と象徴―

Michael Crandol (University of Minnesota)

「四谷怪談」は日本で一番有名な幽霊談であり、映画の誕生から何回も映像化された。様々な作品の中で、最も高く評価されているのは1959年に公開された中川信夫監督の「東海道四谷怪談」である。他の監督による「四谷怪談」では、お岩という怨霊はたんなる化け物として描写されるか、または民谷伊右衛門という主人公の内面的な罪の象徴にすぎない。前者の映画は意味のない単なる娯楽映画として、後者は恐くなく、怪談としては失敗作として見なされることもある。他方、中川の映画では、恐ろしい化け物だけではなく、心理的な象徴としてもお岩が描かれている。中川監督はどのような方法を用いたのであろうか。これから説明を試みたいと思う。

ワーキングメモリーの音韻ループと外国語学習の関係について

Karen Curtin (Ohio State University)

本発表では作動記憶モデルにおける音韻ループを紹介し、音韻ループと外国語学習との関係について述べる。音韻ループとは四つに分別される作動記憶(ワーキングメモリー)モデルの一つの部分であり、音韻的な音を耳にした際、その情報を保持する脳の機能のことを指す。音韻ループという概念は1973年バッドリー博士とヒッチ博士によって確定され、現在も重要な記憶の機能だとされている。音韻ループはさらに二つの機能に分けられる。一つは耳にした音韻的な情報をそのまま約2秒保つ。もう一つは自分で声に出して情報を繰り返すというメカニズムによってより長く保つということである。この音韻ループについて説明した上で、外国語学習との関係、とりわけ初級段階でのこのモデルの含蓄について検討する。

アイデンティティー形成と意識 ―中世日本における職人の役割―

Paula Curtis (Ohio State University)

中世日本(13~16世紀)のイメージは、武士や戦争によってその歴史が彩られています。歴史的に見ると、有名な大名、あるいは武将の名前しか注目を浴びることはありません。しかし、この物騒な時代には、支配者だけではなく、支配されていた者も大切な役割を果たしていました。とりわけ職人が中世日本の社会発展に対して不可欠な存在でした。この発表では職人の高まる重要性に起因する階層と国レベルでのアイデンティティー形成や意識に関してお話します。そのため、職人のギルド組織の発展と職人生産に対しての政治的な態度について説明します。

近代日本のお城 ―大阪城―

Armanada Dingledy-Rodie (University of Oxford)

大阪城はどのような所なのだろうか。近代の大阪城は三番目の大阪城で、1931年に再建された鉄骨鉄筋コンクリート造りのものだ。中は博物館として使われており、大阪城の歴史を中心に、美術品や史料が展示されている。最初の大阪城は豊臣秀吉の時代の1585年に建てられた。豊臣と徳川の最後の戦い、大坂夏の陣(1615年)で焼かれ、徳川時代の1626年に再建されたが、1665年落雷によって失われた。この発表では「なぜ1931年にコンクリート造の大阪城が建てられたか」ということについて説明するとともに「大阪城はどのようなものか」、つまり大阪城は偽物か復興建築か模擬天守閣かモダン建築かについて検討するつもりだ。

中世公家社会史 ―日本語と英語の文献の比較―

(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)

笑い物の殿上人 ―清少納言と平生昌―

Jennifer Guest (Columbia University)

この発表では、清少納言の「枕草子」の風刺的な面を簡単に紹介し、特に平生昌という人物を嘲笑する段を取り上げる。生昌は清少納言の主である中宮定子に仕える生真面目な家臣であるが、言語的にも社会的にも過失を犯し、何回も清少納言の機知に打ち負かされる。生昌のどの点が喜劇的な対象になったのか、そして注目されている欠点がどのような文化的背景を反映しているのかという問いを通して、清少納言の言語意識、教養に関する態度やコメディー観を簡潔に分析する。

日本企業における外国人雇用問題

Richard Helzberg (Oberlin College (Kyushu University))

日本は経済大国であるが、少子高齢化の急速な進行及び厳格な移民政策やグローバル化によって、現在様々な問題に直面している。又他の先進国に比べて外国人労働者が全労働人口に占める割合は極めて少ない。数年後深刻な労働力不足に陥ることが明らかであり、それを穴埋めするために、外国人労働者を採用しなければならない。そのためには、日本の大学での留学生受入れ及び高度専門教育、又就職活動を支援する必要がある。しかし、「留学生30万人計画」に基づき国内の留学生は増えつつあるものの、就職には結びついていないのが現状である。この問題を解消し、日本企業のニーズに応えることを目的とした産学連携プログラムを検討する。

村上春樹の政治観は小説の構造にどのように表されているか

(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)

日本における国立公園の成立史 ―日光を例として―

Clare Huang (Yale University)

日本では明治時代から欧米各国が設置したような国立公園をつくろうとする動きがあったが、「国立公園法」が制定されたのは昭和六年(1931)のことであった。その間に、「国立公園」とはいったいどのような存在であるべきなのか、どのような目標・使命を持つべきなのか、様々な議論が続出し、その中には経済、政治、文化、衛生上の考慮も含まれていた。国内外でもよく知られている観光地として日光は特に注目され、各界の要求と利益衝突の競技場となった。当時行われた環境保護・史跡保存と地方経済・工業発展の間の議論は更に多角的に検討できる。近代レジャーとツーリズムの興隆ばかりではなく、国家意識・国家主義の高揚及び当時求められた「近代化」の本質といった点からも国立公園について考察する。

古代日本と韓国の交渉に関する歴史学的考察

(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)

日本の工業化と中国経済発展政策(1920年~1940年)

Joyman Lee (Yale University)

本研究は、日本の明治時代の産業政策と、中国の国民政府時代(1928~37)の工業化を促進する政策との関連性を摸索することを目的としている。中国国民政府の対外経済政策の成功の要因の一つは、工業発展を目的とし、制度的・財政的な基礎を構築したことである、との見解が日本における経済史研究にある。アジア国際経済史の分野でも、戦間期、中国国民政府が積極的に経済政策を打ち出し、特に工業化の初期階段において輸入代替工業化を進め、経済発展に成功した、との主張が見られる。このような国民政府時代の中国の工業化にとって、日本の工業化の経験が重要な意味を持つのかということを考えたい。

近代日本の微生物学(発酵科学)と産業における科学研究

(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)

日本における仏教の批判的研究

Dylan Luers (Oberlin College)

現在、西洋と日本における仏教学界での研究はしばしば、教義に対する価値判断をせずに外の立場から仏教の諸々の信仰や活動などを説明することを目指している。これに対して、日本で80年代に成立した「批判仏教」という学究的な運動は、正しい仏教と非仏教を明らかに区別することに努め、教義的な批判を行っている。 この運動の歴史的な背景、学問へのアプローチ、仏教の定義のしかた、そして、利点と限界を検討いたします。

親愛なる姉妹達へ ―植民地朝鮮と日本の女性運動の「交流」―

Lola Martinez (University of California, Los Angeles)

数十年にわたり、歴史研究ではいわゆる「植民地化の過程」は単に「男性的な」実践だと考えられていた。更に、植民地支配下にあった女性の役割、又、女性の植民地化における協力活動や抵抗活動は著しく軽視された。特に植民地支配下の朝鮮半島で起きた女性運動は当時の反日独立運動に従属したものと見なされ、日本の場合では戦前の「婦人集団」は国内の状況にしか関心を示さなかったと考えられている。だが、植民地拡張を背景にこの二つの一見孤立したように見える運動は知的な交流や個人的な繋がりによって相互に補完されたと言える。

本発表では、どの程度両岸の第一波女性解放や参政権運動が互いに認識されていたかについての問題を提起する。

『六代勝事記』の歴史観-その独自性

Michael McCarty (Columbia University )

1220年代に書かれた『六代勝事記』(以下『六代』)という歴史物語を紹介する。『六代』は承久の乱(1221年)における後鳥羽上皇の敗北を機として書かれたもので、著者は不明だが、一生涯朝廷に仕えた60代の僧であることが推測され、著者独自の観点がうかがわれる。著者の上皇に対する批判は厳しいのに対し、源頼朝などの武士に対する評価は高い。本研究では、平安末期から鎌倉初期の出来事を本書がどのように記述しているかを見ることにより、著者独自のスタイルや歴史観を考察する。更にこれまで注目されてこなかった『六代』の歴史的価値を明らかにすると共に、『六代』独自の歴史観を探ることにより、従来の鎌倉史研究の説が側面的であるとして批判する。

『家庭教師』がガイドする映画の言葉

Eric McEver (Kenyon College)

映画は一体どのように我々に語るのだろうか。

この問いに答えるために、私は映画「家庭教師」を自主制作した。脚本を書き、監督をすると同時に出演もし、そして曲を付けるために作曲家とやり取りをした。第二言語話者としての上達を目指し、意図的に日本語で制作した。しかし、日本語の練習になっただけではない。というのは、映画も一種の言語だからである。私は映画制作によって「映画」という「言語」をより深く理解しようとした。私が撮った「家庭教師」について検討し、映画の言語を解き明かしてみよう。

富岡製糸場のイメージ:女性、検閲と明治時代視覚文化

Alison Miller (University of Kansas )

明治時代、日本女性は社会で新しい役割を務め、産業界にも活動的な生産者として参加しました。しかし、同時に女性は基本的な政治権力と自由は否定されていました。この発表では富岡製糸場を取りあげ明治時代女性のイメージがどのように1870年代と1880年代の社会の価値観を映しているか見ていきます。

富岡製糸場のイメージとして富岡の技術を称えた錦絵や昭憲皇太后の富岡行啓を描いた日本画があります。明治時代の文化コンテクストの中で富岡製糸場を題材とした視覚資料を調査することによって明治政府が女性の役割をどう考えていたかを示します。

神社をめぐる村落内紛争-明治時代の判例から-

Matthew Mitchell (Duke University)

近世の身分制度の下で保障された特権あるいは差別は明治初期に廃止された。これによって、旧身分の集団はそれぞれ新たに受容した権利の主張あるいは以前の差別の維持をめぐってよく衝突した。近世の身分制度は政治や経済的な制限を超え、宗教的な領域に至ったので、神社や寺院、儀式や祭りも論争の場になった。本発表では明治9年に大審院民事裁判に持ち込まれた、神社に関する例を分析し、近世における身分を介した神社との関係だけではなく、近代において法律上新たに平等になったはずの氏子が抱いた期待も検討する。

空海の「声字相義」における「声」と「字」と「実相」についての五つの理論

David Nagy (California State University, Los Angeles)

弘法大師空海は8世紀の有名な仏教僧ですが、その著作は哲学的な要素も多数含んでいます。例えば、「声字実相義」(しょうじじっそうぎ)では、「声」(音)と「字」(言葉)と「実相」(現実)の関係について理論を五つ述べています。これらの理論は声と字と実相は全く異なるというものから、分けられないほど同じだという主張にまで及びますが、空海は後者の理論の方が正しいと断言しています。この発表では、声と字と実相を詳しく定義し、例を通じて理論を説明した後で、空海の立場が可能である根拠を示します。

日本語教育とテクノロジー ―iPadの可能性をめぐって―

(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)

委任統治の支配 ―ミクロネシアにおける大日本帝国の方針―

Quoc Ngo (University of California, Berkeley)

1919年のベルサイユ条約で、南洋群島、すなわち現在のミクロネシアにあるマーシャル諸島やカロリン諸島、は大日本帝国の委任統治領になった。日本政府は国際連盟から島民の文明レベルを高めるという責務を課せられた。しかし、国際連盟の管理は厳格ではなかったため、当時、日本の政府はその群島を植民地のように支配した。だが、台湾や朝鮮半島と比べると、ミクロネシアに於ける方針は違っていた。この発表では、日本政府と「南洋興発」という会社の経済発展の方針や教育制度を検討し、島民に対する見方はどのようにその発展的な方針に影響を与えたか、なぜ他の植民地と比べて南洋に於ける方針は異なったのかを論じる。

中世の念仏と法然上人 ―多様性と論争―

Aaron Proffitt (University of Michigan)

法然と中世の文化的な文脈との関係について発表します。法然は単に日本仏教自体に抵抗した異端的で過激な思想家として理解されるのではなく、多様な大乗仏教の文脈に参加した仏教徒であり、完璧なものを象徴した浄土と現世の見せかけの「悪い人間性」との外見上の「差」を解決するために、いろいろな概念的なモデルを提示した思想家として理解されなければならないと主張しようと思います。

日本文学における同性愛者の描かれ方の変遷 ―西鶴、三島から伏見まで―

Gabriel Rodriguez (Stanford University)

江戸時代の社会や文学では、「男色」という言葉やコンセプトが存在し、異常ではないことだった。しかし、明治時代から、「同性愛」というコンセプトがタブーになり、明治時代以降の文学にはそのような関係の代表がなかなか現れなくなり、現れても「恥」や「隠す」という言葉と強く繋がっていった。その上、昔と違って、現代の同性愛の描き方では、肉体関係がつよく強調されている。この発表では、日本文学上の同性愛の描かれ方がどのように変遷してきたか、また、なぜそのような変遷があったかということを法律改正や社会運動の歴史とともに明らかにしたい。

日本におけるHIV感染症

Pamela Runestad (University of Hawaii at Manoa)

(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)

雑誌『国民文学』に現れる大東亜共栄圏の原理

(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)

恥の悪循環 ―引きこもりにおける恥の役割―

Kunmi Sobowale (Yale University)

多くの学者によって指摘されているように、ひきこもりには様々な原因がある。しかし、日本以外にほとんどひきこもりが存在しないという事実は、原因に何か共通する要素があることを示している。本研究は、ひきこもりの各主要因(教育制度、いじめ、家庭教育)の中に横たわっている恥が重要な役割を果たしていることを論ずるものである。恥は、非常に破壊的な感情的効果を持ち、日本社会に浸透している。そこで、ひきこもりを防止、治療するために恥、とりわけ社会的不名誉について考察しなければならない。

童子形としての「あやこ」 ―『北野天神縁起絵巻』における図像的判読―

Sara Sumpter (University of Pittsburgh)

北野天満宮の創建に関する史料には、多冶比あやこという女が記されている。菅原道真(845¬903)の死後、神として祀られたいという託宣を三人の人物が受けたが、あやこはその中の一人とされている。全ての記録では、あやこは身分は低いが心は純粋な女だと説明されている。しかし、縁起と結びついている絵画史料では、あやこは中性的な童子として描写されている。本発表は中世における「聖なる子供」という宗教的な図像を中心として、あやこの伝説とその視覚的表現の間にあるイメージ/テキストの相違を分析し、多冶比あやこがなぜ童子形として描かれているのか、その可能性を一つ挙げる。

映画『家庭教師』を唄わせるには

Robert Tunstall (Knox College )

自主制作映画「家庭教師」の音楽では、ライトモチーフ(示導動機)という技法を用いている。この発表では「家庭教師」に登場する三人の音楽のテーマの構造、繋がり、そして重なり方について説明する。第一に、三人のテーマを一つ一つ取り上げ、それぞれの特徴、またその登場人物自身とどのような関係があるか、詳しく説明する。第二に、テーマとテーマの間の共通点、相違点、または対立しているところについて述べる。そして最後に、この三つのテーマはどういう風に展開し、互いに重なり合っていくのか、とういうことなどについて話します。

新聞と日露戦争

Laura Waiss (Indiana University Bloomington)

日露戦争は20世紀初頭に全世界が注意を払った戦争だったと言える。電報普及のおかげで初めて戦争の出来事が起こった直後、その報道が地球一周できるようになった。その上戦争によって日本は西洋に大国として認められるようになり、その結果、社会ダーウィニズムという理論の妥当性を揺るがせた。戦争の様々な影響やその後の歴史に残した結果について考えれば、その時代の人々はどのように戦争を見ていたかという興味深い質問が出てくる。

本発表では戦争との関係が大変異なる日本と米国に於いて戦争に関する出来事、特にポーツマス条約と日比谷焼き討ち事件は日米の新聞でどのように解釈し表現されたかを明らかにすることを目的とする。

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アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター
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